個展「Calling from...」はじまりました

2024.11.10-12.27 Long Slow Distance京都にて
加川日向子 2024.11.10
誰でも

こんにちは、京都での個展「Calling from...」が始まりました。東京から友人が観にきてくれたり、ふらっと来られた地元の方と熱いクィア神学トーク(?)をしたり、楽しく初日を過ごしています。

せっかくなので、個展のために書いたステートメントをここにも置いておきます。もともとずっと考え続けているフェミニズムとキリスト教、というテーマに加えて、今回は展示会場&オーナーさんが反戦活動に熱心な方ということと、ちょうど米大統領選も辛い結果だったし、その辺りも少し意識して書きました。お時間のある時にぜひ…。

======================================================

召命──アンチクライマックス的な物語

加川 日向子

個展タイトルにあるように、今回の展示のテーマは「召命(=calling)」である。召命とは、人間が神によって呼び出され、使命を与えられること。そして、展示の告知にあるステートメントは「立ち向かうべき敵、守るべき人、背負うべき使命に呼ばれること。そして、それを拒否すること。」とした。私はこの「召命」をアンチクライマックス的な(拍子抜けな)ものとして表現することを今回試みた。

メイン作品の一つである《Calling》では、ぬいぐるみを抱いた人物が木の前に佇み、木にとまった黒い鳥たちに視線を向けている。ここで描かれているのはタイトルの通り召命の場面で、人物は何か神のようなものに呼ばれ、使命を受けるため特別な場所にやってきた。雷鳴が激しく轟き、まるで神話の一場面のように劇的な背景と対照的に、人物の表情は覇気がなく、落胆か困惑しているような様子である。ドラマチックな召命の場面と、ぬいぐるみを抱きしめる弱々しい人物の姿のコントラストが強調しているのは、召命という大仰な神の業に対する人間の戸惑いや、弱さや困惑を隠さない正直さである。

もう一つのメイン作品の《KERBEROS IN THE FOREST》では、表紙の刺繍や各葉の物語を彩る枠部分にキリスト教の写本装飾を引用することで、画中画ならぬ「物語の中の物語」のような効果を生み出している。このような表現を用いた「フェミニズム聖書における、たとえ話(寓話)の一編としての物語」というコンセプトは、私がこれまでのアーティスツ・ブック作品で繰り返し試みてきたものであり、そのシリーズの最新の作品が本作品であるといえよう。この物語の中で、子犬は死期を間近にして、己の使命がケルベロスになることであると気づく。そして、ともに育った人間の少年とともにケルベロスになる方法を探す旅に出て、森の奥深くに住むケルベロスの王、薔薇のケルベロスに会う。薔薇のケルベロスは、子犬が一度ケルベロスになれば、もう人間の世界には戻れないことを明かし、子犬はそれに返答をしないまま物語が終わる。ここで注目したいのは、子犬と少年の冒険譚が、何も達成することなく終わったことである。特に冒険物語において、華やかで大きな達成のエンディングは必須だが、今回は達成しないことや、「迷い」「悩み」が重要なテーマとしてある。そして、この2つの作品では、どちらも中心に男性に見える人物を描いた。決断や責任、強さ、自分の体を大事にしないこと、といったステレオタイプの男らしさとそこからの脱却という男性学のトピックは、ここ一年ほど、フェミニストとして特に関心を持っている課題である。

そもそも、今回のテーマ「召命」で想定しているのは、キリスト教における預言者の召命である。たとえば、旧約聖書において、預言者モーゼは召命を受け、エジプトに囚われたヘブライ人たちを約束の地へと導いた。召命は信仰者として名誉あることであると同時に、大きな責任と現世的な苦労をもたらす。このような召命は、キリスト教の聖書物語の中だけのものではなく、私たちの日常にも訪れうるものである。殉教ならぬ殉職という言葉があるように、現代社会において、身に余る責任や苦労を受け入れた者の名誉ある犠牲を、人々が尊んできたことを考えてみてほしい。それは人間にとって、本当に目指すべき素晴らしいことなのだろうか?今回の個展では他にも数点の作品が展示されているが、どれも迷いや悩みといったテーマを扱っている。そしてそのいくつかは、まるで遺影かイコン(聖画像)のように、部屋の高いところに配置した。私たちが掲げるべきなのは、わかりやすい言葉で言い切る強さや逞しさによる劇的なクライマックスではなく、迷いや弱さを否定せず、課題に粘り強く向き合う柔らかさによるアンチクライマックスであってほしい。そして、そこで導き出されるエンディングは犠牲ではなく、生存であるべきだ。その余裕を、みんなで保ち続けたい。

無料で「逆立ち練習」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら